大工塾ネットワーク「杢人の会」
コラム

毎回、担当の大工が日頃考えている疑問や悩みを本音で綴っていきます。

大工の本音
コンテンツ








01:建築の行方
02:工務店の家つくり
04:温故知新
06:覆い隠すものと覆い隠されるもの
07:設計屋と大工の関係とは
08:季節を感じながら
09:ウソ
10:作業場考
11:手間をかけるという事
12:廃棄物は田舎の山に
13:和のつくり
14:サスティナブルな社会へとは?
15:逝きし世の面影
17:愛すべき不良老人たち
18:大工、街に出る…?
19:ゆっくり経年変化する家を建てたい
20:予算と期待度
21:職人不足
22:楽
24:大工最高 10項目
25:住宅のビニールハウス化?
27:改築という仕事
28:年の瀬に思ったこと
29:住む人、設計する人、つくる人
30:大工が自分の家をかまいだすと…
31:新しい地図をつくる
32:プルトニュウムの風に吹かれて行こう
33:震災後あらためて思う
35:震災の地を訪れて
36:遅ればせながら
37:「ありがとう」
38:感謝
39:協労から学ぶ
40:夫が大工になって
41:サボるアリ
42:職人の打ち合わせ
44:メンテナンス
45:「手書き」は消滅させられている
46:薪小屋
47:二つのさしがね
48:ブリコラージュな生き方
49:ブリコラージュ再考
50:ブリコラージュ再再考
51:しょうがない
52:答えはどこに
53:徒然
54:もっときちんと考えねば
55:小さい仕事

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■ブリコラージュ再考

8 月のコラムで久良さんがブリコラージュについて書いているので、それを受けて同じ話題を取上げてみます。
ブリコラージュという言葉を有名にしたのは、フランスの文化人類学者クロード・レヴィ=ストロースの「野生の思考」(1962 年)です。当時ヨーロッパ文明の対極に独自の文化の中で自給自足の生活をする各地の未知の民族が文化人類学の研究対象でした。
野蛮人というフランス語は、かなり侮蔑的な言葉だそうですが、それら野蛮人の知的関心は自らの欲求だけに従うもので、ヨーロッパで最高度に発達した抽象的思考や科学的思考とは違うもので、低いレベルにあると考えられていました。
レヴィ=ストロースは、自らの調査(フィールドワーク)と他の調査報告書を研究して、野蛮人の思考は、驚くほどの抽象的な思考であることを示して、そのような見方には大きな偏見が隠れていることを解明してみせたのです。

『ハワイの現地人の天然資源利用はほぼ完璧で、商業時代の現在のそれにはるかに勝っていた。現在は目の前の経済的利益を与えてくれるあるいくらかのものは徹底的に利用するが、それ以外のものはすべて無視し、破壊してしまうこともしばしばである』

『ハスノー族の活動のすべてには、土地の植物に通暁し、植物分類の正確な知識をもっていることが必要である。自活経済の社会はその土地の植物のごく一部しか利用しないという説に反して、植物の利用率は九十三%にのぼる』

ハスノー族は、鳥類を75種類、蛇12種類、魚60種類など、生活圏内の自然を詳細に分類して識別していたそうで、同様の多くの報告から、レヴィ=ストロースはそれら「具体の科学」は、ヨーロッパの科学的知の発達段階の高低の差ではなく、同じ知の二つの形式の違いであると結論づけたのです。
野生の思考では、そのような未開人の知を説明するために、日曜大工をするような人をブリコルール(器用人)、ブリコルールがありあわせの道具や材料を使って作ることをブリコラージュ(器用仕事)と定義して、ヨーロッパの科学的思考に対する未開人の思考形式の説明モデルとして使われています。

『ブリコルールは多様多種の仕事をやることができる。しかしながらエンジニアと違って、仕事ひとつひとつについて、その計画に即して考案され、購入された材料や器具がなければ、手が下せぬというようなことはない。彼の使う資材の世界は閉じられている。そして「もちあわせ」、すなわちそのときそのとき限られた道具と材料の集合で何とかするというのがゲームの規則である。しかも、もちあわせの道具や材料は雑多でまとまりがない。なぜなら、「もちあわせ」の内容構成は、目下の計画にも、またいかなる特定の計画にも無関係で、偶然の結果できたものだからである。すなわち、いろんな機会にストックが更新され増加し、また前にものを作ったり壊したりしたときの残り物で維持されているのである。したがって、ブリコルールの使うものの集合は、ある一つの計画によって定義されるものではない。』

久良さんが比較していた、ブリコラージュとエンジニアリングの違いがここにあります。
では、ブリコルールはどのように仕事をするのでしょうか。

『彼(ブリコルール)が仕事をしているところを見よう。計画ができると彼ははりきるが、そこで彼がまずやることは後向きの行為である。いままでに集めてもっている道具と材料の全体をふりかえってみて、何があるかをすべて調べ上げ、もしくは調べなおさなければならない。そのつぎには、とりわけ大切なことなのだが、道具材料と一種の対話を交わし、今与えられている問題に対して、これからの資材が出しうる可能な解答を、すべて並べ出してみる。しかるのちその中から採用すべきものを選ぶのである』

大工塾で続けてきた壁や仕口の実験は、この後ろ向きの行為そのものであると思えます。
今回読み直してみて、気がついたことがありました。おそらく当時(60 年以上前)調査対象になったような未開人は地球上にはいなくなっているでしょうが、最初に引用したハワイの現地人やハスノー族の生活は、当時とは比べものにならない重要性を持っているのではないかということです。私たちの関心に引き付けてみると、地球に住居を作り住み続ける人間のありかたとはどのようなものかという問いを、この二つの思考形式のどちらを取るのかと視点を変えてみると、ブリコルールの後ろ向きの行為がますます重要で本質的なことに見えてくるのです。
この本の目次の裏に書き付けられているバルザックの言葉を紹介しておきます。

『自分のやる事をあらゆる角度から徹底的に研究するのは、野蛮人と農民と田舎者だけである。それゆえ、彼らが思考から事実に到るとき、その仕事は完全無欠である』

バルザックがどう考えたのか分かりませんが、それは地球に住む人間の仕事として完全無欠である、と私は読みたいのです。


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